モンティニーの狼男爵 (光文社文庫)



モンティニーの狼男爵 (光文社文庫)
モンティニーの狼男爵 (光文社文庫)

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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恋愛小説としても傑作

 一冊、哀しい恋の物語を挙げなさいと言われたら思い付く本が何冊ある。
 これもその一冊なんですが、只の恋愛ものではありません。一応は伝奇的な要素も入れてみましょうということで、主人公の男爵様には狼男に変身できるというおまけがついています。
 尤も、ついているといってもこの地方貴族の男爵様はそれを使って悪魔的な所行に走ったり、悪魔の手先になったりするわけではありません。彼はただただ愛する人に愛して欲しくて狼に変身するのです。
 愛する人の浮気が許せなくて、人間であることを止めるのです。
 なんてロマンチックな設定でしょう。これだけで、僕のような人間は凶悪な返しのついた釣り針で釣り上げられた魚のようにがっちりとつかまれてしまいます。いかに身をよじって、主人公のモノローグにときおり退屈したような振りをして本を置いてもすぐに手にとって続きをよまずにいられなくなります。
 彼が幸せになりますように。愛する人と幸せになれますように。既に決まっている未来を、あたかも自分の祈りで変えられるような幸せな錯覚に陥りつつ頁を繰るのです。ある意味、そういう時には批評する人の目はまったく消えてなくなっていましたね。
 さて。話を戻して、ストーリー紹介などを。
 前出の狼男爵ことラウール・ド・モンティニーは早くに父と母を無くした地方の貧乏領主の跡取り息子です。彼は、なみいる親戚から自分を守ってくれた叔父の司教とだけはしゃべれるものの、それ以外の人たちとは、たとえ領民相手であったとしてもあがってしまう極度の人付き合いの悪い青年でした。狼をしとめることにかけては天才的な腕を持つものの、それ以外はとりたてて能力のない人でした。
 そんな彼に運命の女性との結婚を決めさせたのは前出のアントワーヌというおじさんと、パリに住む大富豪。彼等がお互いの思惑から、さる貴族の娘を莫大な年金つきで連れてきたのが彼の運命の女性、ドニーズでした。彼は、とりたてて美しくもないこの女性に、さみしさからか錯覚からかとても激しい恋をし、最初はしぶっていた結婚を一気に決めてしまいます。それからの彼にとっては、世界とは彼女のことに他ならなくなりました。ドニーズの為に、ドニーズさえいてくれたら。しかし、お互いに一度も愛していると言った事がなく、彼女の冷たい一言一言に肺腑を抉られるような生活しか生み出せない彼。
 やがて、そんな彼に退屈していたのか妻に浮気の兆候が見て取れるようになります。ルナルダンというその相手は惚れ惚れするほどの美男だがそれだけのうすっぺらい男。しかし、礼儀正しい彼は臆病にも彼を追い出せず、ついに家に一緒に住むような事態にまでなってしまいます。一言家来に命じるか、つまみ出せばいいものを、妻が一緒に出ていく事を恐れてラウールはそうできないのです。
 人一倍やきもちやきで、妻しか見ていないくせにそんなことをするもんだから、彼の精神は狂気の境にまでとんでゆきます。やがて、その嫉妬に焼かれた彼の体は、狼へと変化します。。。。
 てなことで、すごく気にいった話だからついつい長くストーリー紹介をしてしまいましたが、物語はここから転がり出すので大丈夫。安心して読んで下さい。それに、この話の場合、プロットそのものもそうですが、この佐藤亜紀という類い稀な筆力を持つ天才の文章に酔いしれるというのも正しい楽しみ方なので、そちらの方からも楽しんでみて下さい。
 「小説家、見てきたように嘘を言い」という言葉がありますが、彼女の小説はまさにそんな力に満ちあふれています。他の誰かが書いたとしたらあまりにも作りごとめいて見えるに違いない、中世の、しかもフランス貴族の物語が、彼女の手にかかるとさも本当にあった美しいお伽話のように思えるから不思議です。
 他の佐藤亜紀の諸作品からすると、ちょっと小粒な感じがしないでもないですが、それでもとてもとても素敵な物語、恋愛小説であることには変わりがありませんので、是非お読みいただければと思います。
 評価は五段階の五。絶賛です。

朴訥な恋愛が愛しいです

歴史の渦に巻き込まれ、美しく退廃していく狼男爵。
様式美とは、上品さと下品さ、洒脱、洗練、気の利いた駆け引き、相変わらずそういったものをたっぷりと楽しめます。
その中で男爵の恋愛だけは朴訥として、一途なところがじれったく愛しい。
男爵似の娘の物語も是非書いて欲しいところです。
退廃的貴族の描写が素晴らしい。

佐藤亜紀氏の小説の主人公は知らず知らずのうちに周りの人間に振り回されている情けない人間が多いが、この小説でもそう。『バルタザールの遍歴』でお馴染みの家柄だけで実力のない(というかやる気のない)貴族はここでも健在。倦怠しきった貴族と成り上がり主義者のコントラストが非常に映える。貴族的退廃を書かせたら一流の作家である。
これは不倫小説ですが。。

この小説について、小谷真理さんが非常にうまいことを言っています。「洗練されすぎていていささか邪悪」でさえある、と。これは佐藤亜紀の小説全般に言えることで、まるで老獪な悪魔が貴婦人を装って社交界で遊んでいる感じというか、こんな小説を書ける人が日本人女性の中に、今いるというのはっきり言って誇らしい。狼に変身してしまうという田舎男爵をめぐる不倫(するのは妻ですが)小説。読まなきゃ損です。



光文社
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